2010年11月26日

博士課程批判の底の浅さについて

当事者がルポを書くとこうなる、といういい例だと思う。

著者の主張は心情的にはとてもよく理解できるし、同情もする。

博士を一人作りには、各種の補助金、学費、時間など膨大な支出が求められる。

だからといって、作った博士を無駄にしないために博士の失業対策を、という主張はちょっと首をかしげる。


声優養成所を修了した多くの人は声優にはなれない。だからといって声優の数だけアニメを作れ、という理屈は成り立たない。

甲子園球児の多くはプロ野球選手にはなれない。高校へは文部科学省から多くの補助金が入っている。だから、せっかく育てた甲子園球児を無駄にしないためプロ野球の球団を増やせ、という理屈は成り立たない。

声優を目指すものも、甲子園球児も事前にその道で食っていくことの難しさを覚悟した上で目指している。

博士号取得を目指すものであっても、実際にその道で食べていくことの難しさは分かったうえで挑戦しているはずだ。今まで実績が無いような新設の大学院だったりしたら将来予測はかなり辛口に行わなければいけない。

後になって、社会が悪い、政治が悪い、行政は何もしない、と嘆き弱者を気取る。でも、その道を目指す前に自分が進もうとしている道は茨の道だ、というのは分かったのではないか?

私が学生だったころは、どうしても勉強したいなら修士までにしておけ、と散々言われてきた。修士過程の段階で博士課程へ進むことのヤバさは十分情報が入るはずだ。

修士卒までだったら一般企業への道もまだ開かれている。逆に、修士の時点で自分に適正が無い、と思いえば研究者の道からの方向転換は充分可能なのだ。
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